'90sのバイクの本(9) きみとオートバイ
2015-09-06


1997年3月刊


前々回の 「三ない運動は教育か」 のカウンターとして使えるかなあと、図書館で探して借りた。

「バイクを教育するに適した真面目な内容」のような文脈で紹介できるかな?と思ったのだが。読んでみると、何か納得が行かなくて。そのまま放ったらかしていた。

中学生辺りをターゲットにしたと思しき教育書シリーズ「おとなになること」の一冊だ。シリーズのタイトルをイチから並べると、タバコってなんだろう、お酒ってなんだろう、ドラッグってなんだろう、ダイエットって、エイズって・・・と続いて、この「バイク」は9冊目だ。(ヤバいものNo.9ってことか?笑)

一応は良くできた教育書で、理屈がわかり始めた年頃の子供たちに、バイクのことを丁寧に説明している感じだ。優しいタッチのイラスト入りで、バイクの種類、乗り方、利点と欠点(汚点も)、世の中でのポジショニング(暴走族だと思われてるよね、のような)、マインド面(平常心が大切、みたいな)…なぜか、記述が少しオフロードに寄っている。

ただ、こういう本ではよくあることだが、実際にバイクに乗った経験がある人なら「ああアレか」と納得できそうな反面、全くの未経験者(しかも今回は小中学生)に伝わるのかは、微妙な感じだ。

無論、著者の方もその辺はわかっていて、懸命に言葉を噛み砕いてくれてはいる。でも、やはり壁というか溝のようなものは、いかんともしがたい印象だ。

もっと気になったのは、「これが良い/優れたことなんだよ」という「ご指導」が散見されることだ。これも、著者が真面目で、自分の価値観を真摯に伝えようという努力の発露なんだろうとは思うのだが。悪く言えば価値観の押し付けだし、融通が利かないというか、反論を許さないような雰囲気も感じてしまう。

もし、自分が中学生で、先生のこんなご講義の最中に、ふとクラスメートを見回したとすると、たぶん、これに納得したり心酔したりするのは、「いい子」が多いんじゃなかろうか。

「いい子」は、いろいろ難しい。大人の言うことをそのままトレースするのにバリアがなくて(大人にとっては)便利な反面、自分で舵を切る意思や、危険を感じて逃げる本能は弱かったりするから、本書で、バイクを決意する子というのは、「いい子を選んで危ない思いをさせる」結果になるかもしれない。

(それに、本書の感じからして、子供だけではなく、その親にも読ませたい感じもあるのだが。「いい子の親」は、いろんな意味で、もっと危なかったり、面倒だったりするから、さらに厄介になりかねないだろう。)

そう思うと、バイクという、リスクが大きく、身体で覚える必要がある、ちょっと変わったセグメントにある遊びのエッセンスを、言葉を通じて本で教えようというのは、やはり、無理があるような気がしてくる。

子育て経験者として言わせてもらえば、もう中学生ともなれば、少しは自分で考えてくれるから、バイクについて考えてもらうきっかけとして、いいこと悪いこと両方の材料だけをまず示して、全体をザッと俯瞰して見せてから、後は自分で、方向性やリスクも込みで、考えて決めさせるようにした方がいいんじゃなかろうか。

それでも「乗りたい」と思う子がいれば、教材とカリキュラムを用意して、実際に何を教えてやれるかが、真の職業としての教育者の腕の見せ所だと思うのだが。まあ実際は、先生方はあてにならないだろうし、我々センパイは、まるで頼りない。(笑)

大体、大人やセンパイが楽しそうに乗っていれば、ああ、ああやればいいのか、と子供の方が勝手に学んでくれるものなのだが。(バイク界で、このサイクルが機能していたのは暴走族だけだった。それも崩壊して久しいが。) そんな、楽しげにバイクに乗る大人の後姿が相変わらず少ないのが、バイクが魅力的に見えない本当の遠因のような気もする。


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