◆ (単行本)カミカゼの幽霊: 人間爆弾をつくった父
2023-07-29


大戦末期に使用された決戦兵器「桜花」の発案者・推進者の半生を追った本だ。

「桜花」の戦犯とされている当人は、表向きは終戦直後に自決したことになっており、既に戸籍も抹消されている。

しかし、実際は生き延びていて、偽名を使い、各地を転々としながら暮らしており、戦中当時の関係者にも、実際に会った、話した、とった証言も多数存在する。

その半生は公然の秘密であり、これまでも各種の書籍などで、深掘りを繰り返されてきた。

本書の特色は、当人が亡くなり、その前後で生じた出来事を通して、この当人氏の半生を改めて辿り直す、そのアプローチにある。

物語の軸は、残された家族にある。主人公は、当人の死去に伴う手続きなどの任に当たった当人の息子氏だ。著者は、父の半生の調査に乗り出す息子氏のサポート役という構成になっている。

しかし、本書で新規に明らかになった事実というのは、あまりない。

息子氏を始めとした家族に対し、当人は多くを語らなかったし、半ばその意を酌むように、家族もその話題を避けてきた。家族が独自に知りえた事実というのは、ほとんどなかった。

「新たになされた調査」の中身は、当時の関係者へのヒアリングなどだが、ほとんどが、過去に何度も行われたものの繰り返しだ。

本書の情報のほとんどは、著者による、過去の文献の再吟味・解釈・突き合わせに依る妥当性判断などがほとんどを占める。

いずれも、過去の情報の総括が主で、構成がしっかりしており読みやすい反面、真新しさという点では、見るべきものはあまりない。

全体のトーンとしては、この当人氏が単独で「桜花」のような大きなプロジェクトを発案し推進するというのは事実上は不可能で、何かしらの他意が裏で動いていたとしか考えられない。それはつまり、「桜花」のような兵器思想を軍の上層部が奏したとなれば何らかの非難は免れ得ないので、それを避けるために「現場からの発案」という形をあえて取るため、現場のたたき上げで軍の中では下っ端である当人氏に、その任が与えられたのではないか、ということだ。

桜花に限らず、零によるカミカゼや回天といった特攻兵法に関して、似た話は尽きない。特攻の本質である不条理や理不尽さを、罪として深く意識するのは現場の隊の長であって、実質的にそれを命じた上層部の中には、罪の意識さえない不届き物が少なくなかった。戦後、政界や財界に進出し、旨い汁を吸いながら、のうのうと生き抜き、幸福な天寿を全うした厚顔無恥も大勢いた。

本書には、桜花に関し、同様の文脈で語られるべき元・海軍上層部の実名が挙げられている。その短い章が、本書の本当の白眉と思う。

しかし、本書の全体像は、題名の通り、幽霊のように日陰で戦後を生き抜いた当人氏の半生を淡々と追うもので、その人柄をエモーショナルに偲ぶトーンになっている。

真実を暴くのは、その隠蔽に生涯を賭けた当人氏の遺志を踏みにじることになる。どうにもしがたいその矛盾が、文章を歯切れの悪いものにしているのは仕方がない。同様に、読者の側も、本書の情報の精度や是非を云々することに、意欲的になれないだろう。

ただ、ため息交じりに本を閉じて済ますのも良くない。

我々はまだ、戦中戦後の膿の中を泳いでいるのかも知れない。

きな臭さを増す一方の酷暑の夏にそう思い直すのは、無駄ではないと思いたい。


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カミカゼの幽霊: 人間爆弾をつくった父 単行本 〓 2023/6/30

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