◆ (文庫) 武士の絵日記 幕末の暮らしと住まいの風景
2023-12-05


昔の人の生活感、どんな感覚で考えで、どんな規範で暮らしていたのか、その理解の難しさは、個人的にずっと課題だった。

そういう情報は、教科書で習うような文献には出てこない。普段の生活は、当時の人にとっては当たり前のことで、わざわざ書き残したりしないものだ。

そんな私なので、この題名には惹かれた。幕末の武士の日記、しかも絵日記と来ている。きっと、生活感にあふれているに違いない。

本書は、その文献を、現代の研究者である著者が、詳細に解説した本だ。

著者は当初、江戸期の住居を調べていたそうで、文献にある住居のうち、今に残るものを実際に訪問、住んでいる人に話を聞く、そういう調査をしていたと。

文献の当時と現在の間に、明治期の混乱や、二次大戦を挟んでいるので、今そこに住む人が、文献の当時の末裔とは限らない。全くルーツの異なる人だったりする。また、年齢的にも、明治生まれが精々で、江戸時代の肌感覚に関する直接的な情報は望み薄だ。

江戸時代の建物が、どうしてそのような形になったのか。それは実際に、どのように使われていたのか。その理解には、江戸期に暮らした人々の生活感の把握が必須になる。

その意味で、本書の主題の文献は、著者にとって重要だったし、私にとっても期待するところ大だった。

果たして、本書には、当時の生活感や、肌感覚に関する情報が、刻々と描かれていた。

何を食べ、呑み、近隣や親戚との付き合い、当時の政府たる幕府との関係性、等々。

この絵日記を書いたのは、貧しい下級武士だった。本来はそれなりに禄を得ていた身分にあったようだが、幕末の混乱期、保身に走る上の方針に楯突いたため、禄を取り上げられ、下級の身分に落とされた。

勉強家だったようで、かなりの読書量があった。そこで得た知識を基に、ある種の理想像を保持しており、上の方針とのすれ違いも、その理想の実現を目指したい正義感が故と察せられるとのこと。

そういう「真面目な貧乏人」たる絵日記の著者は、妹夫妻の家に転がり込み、近所づきあいと、読書と、少しの仕事の日々を送る。貧乏なので、本は、借り物を自分で筆写し保管に供していたりもしていたようだ。

付き合いのある相手は、やはり同じような下級武士が多かったようだが、親戚演者は無論の事、近隣の商人を含む町人や、寺の住職も多かった。

中でも、寺との付き合いは、今では想像できないほど濃密で、近所の複数の寺をハシゴするように訪れては食うし呑む。無論、ほとんどが持ち込みだ。住職が相伴するのも当然である。

生活ギリギリの貧しい人々だ。その皆々が、互いに、利他の精神で支え合う。

現に、この絵日記の著者が転がり込んだ先の妹夫妻も、彼を尊重していて、小さい家の一室を専用に充てがっている。彼の方も、家事や子育てのヘルプはもとより、できることは喜んでするスタイルで、それに応じ続けている。

市井の人々である。楽しみは、生活の端々の、些細なことだ。それを共有しながら、幸福感を醸造する。

たまに羽目も外すし、迷惑をかけることもある。それも含めて認め合い、許し合う。

それは、私にとって、原風景と言えるほどに懐かしく、かつ、なぜか妙に馴染みのある、しかし残念なことに、失って久しい、そんな風景に見えた。

幸せは、ごく近く、日常の中に、時には自分の中にある。

それは、私自身、そういう些細な人間だという、それだけの話かも知れないのだが。

(今、死病で消えかかっている自分の命を見つめるにつけ、その思いは強くなっている。)

やはり、世の人々の大多数はそういうものだし、きっとそれは、今も大して変わっていないのだろうと。
また、そんなことを感じた。


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武士の絵日記 幕末の暮らしと住まいの風景 (角川ソフィア文庫) 文庫 〓 2014/11/21

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